深部310km地点

変に明るく、変に暗い

28. ぬいぐるみ

 

お前はわざわざ苦しいポーズをとっている。身体が固いのに頭の上に足を乗せようと奮闘している。毎日やっていれば身体が解れて行くだろうと思い込んで。なぜそんなに苦しんでまで続けているのか。お前は本当に身体を柔らかくしたいのか。周りがやっているから、置いていかれないようにしているのか。置いていかれる事で何か悪い事があるのか。無い。そもそも置いていかれるという表現が不適切だ。それしか道がないように錯覚する。そんなわけあるか。しかしお前は心の奥底ではそう感じている。結局その道しかないのだと。予め決まった道に戻っていくのを見越して、あえて別の道を探索している。そして別の道を見つけるやいなや興味を失い、そのまま突っ切ることはしない。お前の道はもう既に決まっているものだと思い込んでいるからだ。何にも身が入らない。それは置いていかれるか否かを考えるより勿体ない事ではないか?

 

 という事を考えながらぬいぐるみを撫でる。毛並みに合わせて。今度は逆撫で。また毛並みに合わせて。撫でる方向は毎回僅かに異なる。ぬいぐるみの色は変わる。ぬいぐるみ好きの人はこういう事を考えているのだという偏見。そんな偏見はないが、私はそうなのかもしれない。ぬいぐるみってなんでこんなに良いんだ。表面の触り心地が良くて、押すとフワ…としており、離すと元に戻る。部屋に置いておくと綿埃を生じさせ、部屋を汚す。愛おしい。お前らから集められたカラフルな繊維を全てかき集めると、こんな無味乾燥な灰色になるのだ、と本人達に見せたい。へぇ、そうなんだ〜興味ないけど。と言わんばかりの表情。ある日を境に突然そのぬいぐるみが姿を消しても、その事実をすんなり受け入れられるほどには執着がない。またどこかで良い感じのぬいぐるみに出会えるだろうとの確信がある。ぬいぐるみを買う時は大体が一目惚れだ。輝いて見えるのを買う。判断基準はそれだけだ。

 

と人畜無害な容姿でエグい呪いを振りまくぬいぐるみが言っている。かわいいね。ぬいぐるみというより着ぐるみかな?かわいいね。よくホラー映画に人形が題材にされ、大体が血塗れだが、いつも不自然に綺麗な人形はそれはそれで不気味ではないか。誰かに綺麗にしてもらっているのか。はたまた人形に自浄作用があるのか。人形独自の代謝機構があるのか。血の通ったぬいぐるみは、死んだばかりの動物とほぼ同じだ。彼らはずっと死に続けている。ゾッとした。部屋にいるぬいぐるみよ。どうか体温を持たないで。

27. 詐病パワー

明日に控える試験のため地方に前泊している。

夕飯と銭湯を済ませ部屋でゴロゴロし単独行動を満喫しているはずなのに滅茶苦茶憂鬱になってきた。試験勉強は結局うまく進まず明日は記念受験レベルだ。またうまくいかなかった、と思ってしまう。この情緒不安定、覚えがある。PMSだ。貴様この野郎〜〜薬飲んでるんだから来ないでくれよ頼むから。お願いします!!!

情緒不安定なのはPMSだからだとして、自分のこの異常なまでの自信のなさはどうにかならんだろうか。酷いときは仕事も生活もままならなくなるんだ。調べてみたらインポスター症候群がかなり当てはまる。事あるごとに病名を漁るのは正直好きじゃないが、ついやってしまう。見つける度に自分だ…!となってしまう。しょうもない時間だ。返してくれ。

褒められるのが怖いので褒められないためにあえて手を抜いた行動を取ったりして微調整している。期待されないようにしている。上手く行ったときは偶々だし周りの人のお陰であり同じ環境に置かれた自分以外でも同じ結果になったと思う。これを信じて疑っていなかったが、まさにこのような事が症状として挙げられており、目眩がした。どうすれば心地よく生きられるのか。心地よい人生こそ嘘ではないか。私はずっとこの辺りでぐるぐるしている。結局努力ができない事に対する言い訳なのではないか。私は今までも得意不得意に大きな差があり、そこまで努力しなくてもある程度までいける得意分野に沿って人生を進めていた。多分これからもそうだ。様々な事に手を出し大して頑張らなくてもそれなりにできる分野を探し当て、隙を狙ってヒュッと入り込む。この方法で生き長らえてきた。それ故不得意分野の処理ががあまりにも下手だし耐性がない。あまりにも辛すぎる。やる意味がないとまで思う。大体の事はそんなんで済まされないのに。得意分野が限られすぎており不得意分野がお荷物になるのはよくある事だ。というかお荷物すぎて挫折する。でも人生ってそんなもんなのかも。自分だけが特別なわけがないし。そんなもんだ。少し心が歳を取りそう思えるようになってきた。というよりも、ぐるぐると考える事に徒労を感じ始めている。このようにずっと自分の事を考えているせいか、最近他人の言動からその人の拘りや執念、トラウマを無意識のうちに考察するようになってしまった。嫌な奴だ。でも大体こういう事を直接伝えると、関係性が悪くなる。経験談だ。多くの人間はそんな事分かった上で表面を取り繕っている。私もそうだ。それをわざわざめくり上げて内面を露わにさせるなど、悪趣味にもほどがある。許されるのは2次元だけだ。2次元ではなぜか許される。2次元だから。3次元はグロすぎる。得られる情報に奥行きが追加されるから。これだからz軸は嫌いなんだ。インポスター症候群のせいで流れ出ていた涙は、文章に書き起こすことで止められる。視覚情報だけは本物として認識できる仕様だと思いこんでいるのだ。視覚情報が獲得できない環境に置かれたら誰よりも先に発狂して死んでやろうと思う。夜に嘘を付いたら寝られなくなるという言い伝え。そんな言い伝えは存在しない。今のところは。

26. 現在地不定条約

現在地が分からない。私は一体どこにいる?どこへ向かっている?何も分からない。ただ光に照らされた方へ歩いてみたかと思えば、照らされた光によってできた影に逃げるように駆け込む。これを延々と繰り返す。完全に光に支配されている。偶発的な出来事と、その時の私の気分で行動が左右される。滅茶苦茶だ。私は何がしたいんだ。ただ流されるだけの人生は楽しいか?それすらも分からない。全てを破壊したくなる衝動が分からなくもない状況になってきた。不健康だそんなの。心の不健康さを発散したく戦争映画を見る。知らずのうちに戦車に轢かれ、泥と見分けが付かなくなった死体が映る。軍服を着た泥人形。それもほぼ液体の。今の私だ。と直感した。悲しくも。外見だけを取り繕い、中身はドロドロ。運命に踏まれ、身動きがとれない。一度眠りに付けば変わるかな。いや、そんな事したら二度と起きないだろう。眠りというものは強靭だ。生にとっても死にとっても必要不可欠で、 自然に引き寄せられるのだ。何が強いってその引力に尽きる。こんな事を書いている私は、よっぽと人生に失望しているのだろうと思いきや、全くの正常。確かに少しは疲れているだろうが、それなりに正常。言い切れはしないけど。なぜなら今までの異常が長く続きすぎて正常に成り代わってしまった可能性も考えられるから。大丈夫!なんとかなるよ!と無責任な励ましが時速40kmくらいのスピードで脳内を駆け巡る。絶妙に遅くて絶妙に聞き取れてしまう。喧しい。さっさと加速して遠くへ行ってほしい。ああ、早く納得したい。納得し、諦観し、地に足を着けて生き直したいのだ。自己否定を繰り返し、いつまでもふわふわ遊んでいるように見えてぐるぐる悩み続ける人生。これもまた良い。こんな生き方があっても良いだろう。この二者が常に対立する。困ったものだ。早いところ和解し条約でも締結してくれはしないか。情勢が不安定なんだこちとら。頼んだぞ私の友人達よ。

25. IMGEHIRN 002

「小さい頃から、私は自分の家族があんまり好きじゃなかった。可愛がられなかった訳でもないんだが、なんというか、お互いの間に透明の膜が張られているような感じなんだ。触れられているのに、よく見ると、mm単位で見ると触れていない感じなんだよ。でも他の家族を知らないし、そんなもんなんだろうなと思っていた。そう思うようにしていた。実際のところ分からないからさ。」

 

「私は家族の事を信じたことがなかった。これもはっきりとした原因が分からないんだけど、全員嘘を付いているように見えるんだ。うっすらと。でも、人間って元々そういうもんだろ。全員うっすら嘘を付いているんだ。本音を言う人ってこの世にいるのか?まあ、調べようがないね。そんなこと。」

 

「でもさ、少しくらい信じて欲しかったなって思う時もあるんだよ。応援してると声かけられても、結局口先だけなんだ。私の思い違いかもしれない。それなら良いけど、それも調べようがない。」

 

「そもそも、信じられたところでどうしろっていうんだろう。応援に答えるように努力する?自分のためでなく人のために?私の人生なのに?やめてくれ、言葉で縛り付けないでくれ。私は外部勢力で身動きが取れなくなる状況が死ぬより怖いんだ。全力で振りほどいて逃げたくなってしまう。こうなるともう駄目なんだ。目標達成へ向けた努力どころじゃない。自分の命を救わねばと強迫観念にジャックされる。」

 

『そうじゃないだろ。応援されてもされなくても、人のためじゃなく自分のために努力するのは変わらない。お前は逃げる必要などないんだよ。自分でもよく分かっているだろうに。なぜそんなにまでして逃げたがる?お前の見解を言ってみろ。』

 

「……。結局、認められたいんだと思うんだよ。誰かに。承認欲求なんかクソ食らえといつも思ってるけど、私の心の奥底には確かに存在している。承認欲求が無い人間はいないと思うし、私だって全く無いのが望ましいとまでは思っていない。そして、肝心の誰にってところだが、やっぱり親だと思うんだ。本当にしょうもないんだけどさ。だって、今更親に認められてどうしろっていうんだよ。あの人達の言葉はもう嘘にしか聞こえない。申し訳ないけど。それなのに称賛を求めている。認められたとして、直後に巨大な虚無に襲われるのは目に見えているんだよ。」

 

「大体、私は褒められるのが苦手なんだ。褒められようもんならそれを中和するかのように過去の嫌な記憶が津波のように襲ってくる。あっという間に褒められた記憶は沖合に流され見失ってしまう。頭の中の自然の摂理では、私は褒められるような人間ではないとされており、その摂理がひっくり返されそうになると自然災害として飲み込み全てを無かったことにされる。こんな災害が起こることを原因含めて知っていて、逃げない訳がないだろう。」

 

『でも、最近はそれすら嘘だと思えてきている。最近のお前は、その自然災害を上空から眺めているだろう。正直のところ、お前の状況はもしかすると良い方向に向かっているのではないか?と私は前向きに勘ぐっているところなんだ。その点についてはどうだい。』

 

「どうなんだろうな、どちらとも取れるようにも思えるよ。この自然災害が実は大したことでは無かったと気付いて、今後は大袈裟に反応しなくても良いと判断したのかもしれないし、反対に極度に苦しい状況下からどうにかして脱したく、やむを得ず逃避したのかもしれない。前者なら、貴方の言う通り事態は好転していると考えられるが、後者は逆に悪化していると言える。今はまだ判断つかないな。」

24. IMGEHIRN 001

「ほら、私に謝罪してよ」

「何…?急に…」

「この間のことだよ!あんた急に私との約束をほっぽって今日の今日まで何も言ってこない。おかしくない?流石に怒っちゃうよ。」

「あ…あれは連絡を入れたつもりが送信されてなくて…それに少し前に最近忙しくて疲れが溜まってて限界〜…って話もしてたじゃん、そういう兼ね合いもあってさ…」

「そんな戯言を確定事項として鵜呑みにしろってか?舐めてるなあ〜。他人をさ、舐めてるよ。そんなの。

はぁ〜あ、謝罪の言葉はまだかなぁ………ねぇ、一つ聞きたいことがあるんだけど。」

「何…」

「今私の目の前にある、私の顔が見えない程のクッソでかいパフェ!これを私に奢るのと、私にこの間の件の謝罪会見を開くの、どっちが良い?」

「う…」

「どうしても他人に謝罪をしたくないあんたのしょ〜〜〜もないプライドを捨てて真っ当に生きる一歩とするか、金で自分の悪事をもみ消してさらにしょうもないゴミみたいな奴として生きるかって選択肢を与えてあげてるんだけど、どうする?」

「……」

「私ってめちゃくちゃ良い友人だと思わない?だって約束を破られ本来はキレてもおかしくない立場なのに、あろうことか約束を破った奴に今後の人生の歩み方を左右する重大な人生選択をさせてる。しかもかな〜り優しいし、分かりやすい!こ〜んな良い奴、他にいるのかな?」

「…いないです…」

「だよねぇ、分かってるねぇ、じゃあこの選択も、ちゃんと答えられるよねぇ」

「…」

 

“彼”は、鞄から財布を取り出し、紙幣をテーブルに置いた。

 

23. カエルせんべい

今朝、道を歩いていると、曲がり角から女の子が泣きながら歩いて出てきた。友達関係か何かだろうか。安直に予想しながら女の子が出てきた角を曲がると、そこには車に轢き潰されたヒキガエルの無惨な姿があった。腸が露出しており、車の進行方向に合わせて赤黒い染みが直線上に点在している。死体は日差し強めの朝日にじりじりと焼かれていた。私は「オッ、カエルだ〜」とマスクの下でこっそりと呟く。見かけたカエルが生きていようと死んでいようと同じリアクションをしたのではないかという淡白さに自分で引いた。
  もし、先ほど見かけた女の子がこのカエルを見て泣いてしまったのなら、私は何と声をかければ良かったのか。声をかけないのは無しとする。私はただ議論がしたいだけであり、真実を突き止めたい訳ではないからだ。誰かにこの議論を持ちかけたい。
  今朝のカエルを思い出しながら、昼食にトマトポトフを食べている。まるでカエルの血だ。頼むからやめてくれそんな妄想は。僅かに残った理性が訴える。ミートボールの代わりにカエルが丸ごと入っている。背中側の皮膚の色は丁度煮込んだキャベツのようだ。今私が口に運んだものは本当にキャベツだったか?それともひしゃげたカエルの皮膚か?ソーセージか?カエルの腸か?
  よく分からないまま昼休憩が終わった。いつも食事の間は何も考えず本当につまらない時間なのだが、今日は久々に楽しめた。なんと言ってもカエルの死体とトマトポトフが脳内で混合されてしまったからだ。最近あった楽しかったことは?と聞かれたらこれを答えてしまうかもしれない程には。楽しかったことを訪ね、残酷な出来事が返ってきた試しがない。楽しかったことは、それを聞いた人々をも楽しくさせる出来事である固定観念がどうやらあり、何が楽しいと感じるかで人となりが決められてしまう。それでも真に楽しいことは、安寧ではなく混沌なのではないかという持論。死ぬまで持って生きたい。

22. モグラ

自分で言うのも何だが、私は大人しくしていればそこそこの人生を送っていたと思うんですよ。普通に、周りに合わせて、何も余計な事は考えずに。この、”何も考えずに“という点が私にとって問題だったのだ。何も考えずに身の回りの出来事が起こり、終わり、進んでゆき、何も考えずに歳を取る。気が付いた頃には私は消えて外殻だけとなっている。この恐怖から私はずっと逃れられない。手放してしまえば良いものを。もっと身軽に行動できるよ。何と言っても中身が無いんだから!いや、その身軽さが恐いんだって。私は風に乗ってふわふわと漂う風船のように生きているようで、地下を掘って進むモグラのように生きる人間だ。風船に括り付けられたモグラは生きた心地がしない。本来土を掘るために獲得したシャベルのような前足は空を無意味に掻き、無駄に疲弊する。あと、とにかく眩しい!私の目は明るい場所には適していないのに。刺激が強すぎるのだ。干ばつの地、草木は無く、乾いた熱い風が地上を吹き荒れる。モグラの私の居場所は何処へ。明らかに不適なのに、全ての動物はこの地で生きよ!生き残れぬ者は不要である、とのお達し。ばかげている。私と同じモグラの中には、このばかげたお達しを真に受け、風船を身体に装着し始める者もいる。私は雨を待つ。どうにかして乾燥地帯から抜け出したく、掘った場所から崩れてゆく土を防ぎながら。モソモソと、 移動する。  モソモソと。