深部310km地点

変に明るく、変に暗い

9. 三重苦

苦。苦しみ。苦悩。苦が多い。苦の具現化が部屋にいる。どこ出身の苦だろう。聞いてみた。何の返答もなかった。苦がまた増えた。苦をゴミ袋に入れても入れてもあふれてくる。ごみ溜めならぬ苦溜めの部屋。形のないゴミ。捨てる必要がある。形があれば物理的に存在を無くせるが、形がないので燃やせもしないし沈めもしない。部屋の外に出せば視野に入らなくなる。そこで気づいた。形のないゴミは物理的排除はできないが、私の視界に入れないだけで捨てたことになるのだ。これは形のあるゴミではありえないことだ。しかし問題がある。この形のないゴミにおいて、捨てるという行為は可逆的で戻ってくる可能性があることだ。この形のないゴミは減ることを知らず、増え続け、部屋の隙間をすべて埋める勢いだ。このゴミこそが苦。苦しみ。苦悩。もとを絶たなければ。1つの苦を見つけたら100の苦がいる。古くからの言い伝え。苦は問答無用で部屋の隙間を埋めてくる。隙間がなければ埋めてこない。苦以外のもので埋めればよいのだ。私は部屋を水の中に沈め、空間を水で満たした。結果は失敗。苦は水溶性であった。一瞬で毒水に変わり、緑色になった。緑色といっても透明ではなく、草をすり潰し水に溶かした色。好きじゃない。緑は二面性を持っている。暖かいし冷たい。魅力的。苦が水溶性であれば部屋を油の中に沈めてはどうか。これは意味が無い。苦は脂溶性でもあるからだ。苦も二面性をもっていた。不覚。私は二面性を好むので、苦も好きでなければならない。そんな決まりはない。が、解決の糸口となるように思える。苦は何にも溶けるし何の形にもなれ、何の性質にもなれる。万能。無敵。強さで見ればかなり上位にくい込むだろう。これほどまでに苦をポジティブにとらえたことは未だかつて無い。世紀の大発見である。苦しみを神とし信仰する人間が出てくる。私は理解できないが、そういう人間の存在は認識しておいて損はない。こうしている間にも苦は隙間を埋める。今度苦用のバルサンを買ってこよう。近隣の迷惑にならないよう声がけをする。苦にのまれた人間が虚しさで命を落とさないように。だいたい自覚がない。苦が部屋を埋め続けていることに。苦を以て苦を制す。格言のようで良い。実行はしないが。