深部310km地点

変に明るく、変に暗い

8. 海

海に行った。海のことを書きたい。いつもの視線より200m以上高い位置から見た海。帰れそう。帰りたい。帰巣本能。飲み込まれるような黒い海。永遠に広がり、視点の高さから私がこの海すべてを仕切っているような気分。突然陸から海のど真ん中の上空に瞬間移動した。当然重力に従って落とされる。辺り一面黒。魚がいない。なぜ。どんどん沈んでいく。止まる。前に歩けるようになった。もう体が水中に適応したのか。適応能力が高い人間とはこの私である。歩いていく。何も景色が変わらない。上を見上げると風になびく海面。月の光とそれを遮る雲とでまだら模様が生じている。オシャレな海面。気づいたら上には上がれなくなっていた。前にしか進めない。後ろにも左右にも進めない。陸より自由なはずなのに、こんなに不自由な海はない。せめて魚がいてほしい。一方的な意思疎通。何も返答がない。前に進んでいく。また気づいたがどうやら斜面になっていて、下に向かっているようだ。上じゃないのか、と思った。息はなぜかできる。えらも肺もない感覚。死んだのか?考えているので生きていることにする。下になにがあるというのか。少しワクワクしてきた。未知を楽しむ人生。レアな人生。それをまさにしている。何もないのに楽しい。虚無を楽しめれば人間として無敵ではないか。歩いていく。ひたすら透明で前にしか進めない海中の道を。曲がろうとすると修正される。本格的に前にしか進めない。陸に当たったりしないのだろうか。月光から徐々に離れ暗さが増していく。不思議と孤独感は感じない。1人でもまあいいか。許容できる。歩いていく。海面も見えなくなってきた。暗い。限りなく黒に近い青。魚よいてくれ。導いてくれてもいい。話し相手がほしいから。自我を保たなければならなくなってくる。意志の弱さ。これはなにかの修行?師匠に従事した覚えはない。音も私の歩く足音だけ。それだけが響きわたる。まだ歩く。傾斜は一体どれくらいなのか。限りなく0゚に近いと思われる。ほぼ水平。下がっているのかあやしくなる。何も信用できなくなる。そもそも自分以外は信用しない。不確実であり変えられない。自分のみ。他人は5%程信じておけばなんとかなる。0%はさすがに少なすぎるのでもう少し信頼度を上げよう。人生のアドバイス。一体いつまで歩かなければならないのか。急に訪れる辛抱の限界。こういう時に人間性が現れる。まだ歩くことにした。今気づいたが足元の透明の道にこれまた透明な字で数字が書かれている。一体何の数字だろうか。絶対に意味があるに違いない。何だろう。急に何も深く考えられなくなってきた。酸素が足りない。急に。視界は消滅し、どこかに行ってしまった。