深部310km地点

変に明るく、変に暗い

14. 食事

家族全員で料理を囲み、夕飯を食べている。食べるのは好きではない。出来ることなら必要最低限の栄養を静注して生きていたい。経口での食事は娯楽、栄養の摂取は生存を目的としており、別々の行事である。と余計な事を考えていると、ふと家族の1人がおもむろにポケットから目薬サイズの容器を取り出し、私の分の味噌汁に1滴垂らした。無許可でだ。入れる前に一言聞いて欲しい。中身は何かと聞いた。垂らした当事者は栄養が沢山入っている調味料だと答えた。調味料を垂らされた味噌汁を飲んでみたが、味に変化は無かった。何処で手に入れたか聞いた。知らない間にポケットに入っていた、使わなければならないと直感したと答えた。直感での行動は危険なのに、と言いかけたが、料理を一口含むと忘れてしまった。次の日から毎食、当事者は調味料を私の食べ物にだけ垂らしてきた。栄養を沢山摂って、大きく成長してほしいそうだ。家族の健康を気にかけるのは当然の事かと思い、受け入れた。次の日も、また次の日も、年をまたいでその次の年も。ある日、鏡を見ると頬に数cm程のイボができていた。嫌だな…身体の他の部位を見ると、脚にも数ヶ所、同じくらいのイボがある。イボができる年頃かと思い、受け入れた。数日経つと、イボは消えていた。例の調味料は相変わらず垂らされている。朝起きると頭が痛い。最近寝不足だったからだろうか。季節の変わり目のせいだろうか。1日休んで受け入れた。1ヶ月後、急にめまいと吐き気に襲われた。ウイルス感染か何かによる症状だろう。イボは数日ごとに治り、新しい部位に生まれる。常にどこかしらにイボが在る状態となった。めまいに身を任せてベッドに倒れ込んだ。2, 3日後、目が覚めた。気絶していたようだ。そういえば今日から友達と旅行に行く約束だ。2, 3日の睡眠ですっかり疲れが取れ、症状もイボも跡形もなく無くなっていた。久々に気分が良い。友達と1週間、旅行先で楽しんだ。体調が良い。視野が明るい。色の違いが普段よりはっきりしている。普段のような灰色に近い、ぼんやりした視野は一体どこへ行ったのだろう。眼鏡の度が合っていないのかもしれない。最後に換えたのはもう何年も前だ。眼鏡のせいにし、受け入れた。旅行からの帰路、友達に別れを告げ、家に帰った。丁度夕食が食卓に並べられていた。例の調味料の存在を一週間ぶりに確認した。目薬サイズだった容器はドレッシング用の容器に変わっていた。例外なく、今晩も例の調味料は私の食べ物に垂らされた。視界は普段の光景に戻った。綺麗だったのに。残念だ。次の日目が覚めると、左腕にイボが10個は生まれていた。ベッドにダニでも潜んでいるのかも。私はマットレスを天日干しにすることに決め、朝の頭痛に耐えながらも受け入れた。