深部310km地点

変に明るく、変に暗い

16.神経叢アクセサリ

指示されたことを指示通りに間違いなく遂行する。つまらない日々。にも関わらず未完成な仕事ぶり。規律を破りたくなる衝動に駆られてしまう。私が本気で規律を破ろうものなら老舗の巨大組織などいとも簡単につぶせるだろう。気の向くままに災いを起こすのみだ。まるで山から下りてきた野生動物のようにひと暴れする。人間の脳を持った野生動物は、人災の出どころを知っている。不注意を装い、人間が作った組織に的確にダメージを与えるのに長けている。人脳を有する野生動物は、後の事を考えない。今その瞬間が自分にとって都合が良ければ後のことなどどうでも良いのだ。その時にはもう本人は現場にいないのだから。見えないものは無いものと同じ。見えにくいものを無いものとして捉えるか、より見やすくするように努めるか。人間の分岐点。先述の野生動物は人脳を上手く使いこなせていないタイプの個体であった。それもそのはず、人脳が収められている培養槽をショルダーバッグのように下げ、無計画に走り回っている。これでは人脳はただのアクセサリーだ。培養槽が振り回され、人脳が槽の壁にぶつかりダメージを受けている。所々表面が削れ、ふやけている。水族館のマンボウの鼻の先のようだ。本来ならば、人脳は野生動物の頭部に縫い付け、脳同士を電極で接続しなければならない。痛みを伴うし、なによりこの施術にはエンジニアが身近に必要だ。それに定着するまで長時間を有する。環境と根気がものを言う。苦痛を避けたい野生動物にとって、人脳をアクセサリーとして捉え持ち歩くタイプがいてもおかしくない。人脳をアクセサリーとして身に着ける方法は、何もショルダーバッグだけではない。人脳を象ったタトゥーを頭部に入れる者、人脳型の小さいピンバッチを身体のそこかしこに刺し止める者、人脳を解いたような見た目の紐を四肢に巻き付ける者など様々だ。そしてそれらのアクセサリーはいつしか体内に吸収され、正しい装着がなされている人脳とそう大きく違わない定着をみせることがある。私は、その神秘的な現象に心を惹かれてしまう。本人達ですら気が付かない間にアクセサリーが吸収され、アクセサリーが身体の一部となり、表面から消滅する瞬間。独特な工程を経て人間と野生動物のキメラが誕生する。ステレオタイプの工程を経ずに成形されている個体は、纏う空気も独特である。全ての個体が異なり、全ての個体が良さを持つ。そして、彼らのコア部分にはトポロジカルな同一性が見られる。独特な工程を経て生まれたキメラのステレオタイプ。私はこれをガラスで覆い、ライトアップして自宅の地下にあるショールームに飾っておきたい。昼は無計画で走り回る人脳のアクセサリーを身に着けた野生動物、夜は世にも珍しいキメラのコアを展示する地下室のオーナー。展示室は会員制。常連にはコアの粉末を添えたカクテルをふるまう。摘発されても、こちらは毒薬物は一切使用していない法的にクリーンな運営である。実際どんな薬物検査にもひっかかりはしない。完全に未知の組成であり、特定のしようがないのだ。特定されようにも法律が存在しない。どうやら私は人脳よりもキメラのコアを好むようだ。しかし人脳を手放すのはそれはそれで名残惜しい。人脳を浸す培養液にキメラのコアの粉末を溶解させ、様子を見てみよう。上手くいけば私からキメラのコアが生み出せるのだ。地を這う野生動物とはおさらばだ。