深部310km地点

変に明るく、変に暗い

12. 逃亡

どうもおかしい。迷い続けて約5時間。道がとうとう見当たらない。周りは等間隔に植えられた木々。昼から迷い始めたのですっかり夜。私の足下には常に空洞が付いてきている。動いていないと空洞に取り込まれてしまいそうだ。考えもなしに動くのは危険であることは承知の上だが、考えなしに動かなければならない状況。ひたすらに歩く。もちろん周りに誰もいない。動物すらもいない。おそらく辺り一面に生えた木は、木製ではなくプラスチック製なのだ。通りで木の匂いがしない。単なる慣れかもしれないが。私の足下の空洞の内部はどうなっているのだろうか。一度だけ光の加減で内部が見えたことがある。黒くて長細く、ぐねぐねと動いていたもの。それは紛れもなく私の手であった。本来の私の手の色が反転し、ホクロが白く浮き出ていたため判別できた。手があるのならば私本体もいるのではないか。絶対に会いたくない。目を合わせたら間違いなく連れ去られる。本来の私は色反転した私の姿を見ることすら恐れてしまうほど弱っている。しかし、弱かろうがなかろうが、歩き続けるしかないようだ。一体誰がそんな事を吹き込んだのか。物心がついた頃には町内放送で流れていた文言であった。それが単なる主張の一つであると知らずに。一つの主張しか認められない環境が長期間続いた場合、人は脳内情報を書き直され、あるいは削除され、別の改悪された人となる。人’。恐ろしい事実。人は考えるのをやめ、プラスチックの木と化してしまう。思い出した。そもそもプラスチックの森になぜ迷い込んだかというと、幼いうちから脳内洗浄教育を行っている悪質極まる町から逃亡するためであった。悪徳政府が牛耳る、表現の自由も、政府が認める主張に反対することも許されない、番号を支給され、常に頭上のドローンにより行動を監視される。ディストピア。人によってはユートピアであり、幸せな環境。幸せに死を迎えられるのかもしれない。私にはその幸せは理解できないが、ディストピアから抜け出すことによる幸せもまた理解できる自信がない。私の足下に常に存在する色反転した私は、本来の私が吐く弱音が大好物なのだろう。私が無意識のうちに漏らしている弱音をタバコのように吸い、生き長らえている。ニコチン中毒者ならぬ弱音中毒者である。私は寄生されている。ただ、実を言うと、私は解決策を知っているのだ。これだけ長々と語っておいて何だが。色反転した私は、本来の私の足の裏から弱音を吸っている。それならば地面に足を付けなければ良いのだ。私はプラスチック製の木によじ登り、汚れた箇所を拭いてやりながら次の木へ飛び移る。これを繰り返して進んでいくのだ。当然、上手くいった試しはない。試さず、想像だけで終わっているからだ。色反転した私が笑っているのが一瞬見えてしまった。最悪の気分だ。