深部310km地点

変に明るく、変に暗い

20.イチゴ味の憂鬱

午前2時、私は私の死体と対話する。布団に包まったまま、まだほのかに温もりが残る肉塊と私は一部屋を共有し、隣に座ったり、寄りかかったりしている。ひょっとしたらまだ生きてるかも…と布団を退かし瞼を開けてみるが、瞳孔は開きっぱなしだ。私とそっくりの肉塊。思えば、体調を崩し長期休暇を取り始めてからどれくらい経っただろう。もう何も憶えていない。思い出せない。思い出したくない。今の私は、死体の私に脳を置き去りにしてしまい、すなわち無脳なのだ。今考え事が出来るのは、生前の私が直前に考えていた事で、今の私はこれを延々と繰り返す。リピート機能をONにしたまま死んでしまえば、当然の結果だ。脳が無いのでこれしか出来ない。新しい事を始めるキャパシティも存在しない。…?いや、存在する。本来脳があった空洞に入れてしまえば良い。そうだ、これで良い。丁度空き部屋に何を入れようか迷っていたのだ。頭頂部に穴を開け、土を入れて植物でも育てようかとも。幾多のフルーツと牛乳を入れ、ミキサーとして使えばスムージーも作れる。セメントを流し込み穴を埋めてしまっても…いや、これはやめておこう。早くしないと新しい脳が再生する。とりあえず頭の底にミキサーの刃を忍ばせる。窓から朝日が差し込み始めた。まずい、新しい脳は陽の光で再生が促されるのだ。朝になると私の死体は跡形もなく消滅してしまう。死体処理をせずに済むのでその点楽である。新しい脳が働き出す。困った。また私は死体になる運命なのか。私は死体になり、死体は私になる。循環システムが知らぬ間に構築されている。私は身体を強張らせる。すると頭の底に忍ばせておいたミキサーの刃が回転し始めた。新しい脳はたちまち掻き回され液状化した。頭の中に液体が常在するのも気分が悪い。私は頭を便座に突っ込み液状脳を流し入れた。イチゴが入ったデザート後の吐瀉物だ。今日は良い日になりそうだ。